169-参-少子高齢化・共生社会に関する調査会…-2号 平成20年02月20日

平成二十年二月二十日(水曜日)
    午後一時開会
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   本日の会議に付した案件
○少子高齢化・共生社会に関する調査
  (「コミュニティの再生」のうち地域における
  外国人との共生)
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○相原久美子君 民主党の相原久美子でございます。本日はありがとうございます。
  多分ふくそうするような形になるというふうに思います。それで、分野を分けていく必要があるのかなと。労働問題、そして教育問題、そして生活面ということになるだろうと。もちろん、ほかの分野もあるんだろうと思うんですが、ただ、新宿の場合は若干他都市とは違うのかなというような意味合いも私は感じたんですけれども。
  それで、まず池上先生にお伺いしたいのですが、多分毛利さんのところでお話しになったブラジル人のいわゆる母国語での学校ということ。
  これは、浜松とかそれから愛知の方へ行きましたときにも、恐らく親も子も悩んでいることだろうなというふうに察したんですが、結果、毛利さんのお話ですと、定住される割合が多いと。それから、お子さんに関しては帰られるという意思がないということになると、学校での日本語教育ということが私は主軸になっていくのかなと。ただ、浜松へ行きましたときに伺ったのは、今度は親子との会話が成り立たなくなると、そういう意見もあるということだったものですから、まずお二人にお伺いしたいのは、いわゆる母国語と言われるブラジルとかペルーとかの言葉ということでの教育を重視していくべきなのか、日本語の学校ということなのか、これは受け入れる側の体制づくりにかかわってくるものですから、そこを少しお伺いしたいなと。
  それから、労働問題は、これは派遣の問題は日本人でも相当数今問題が起きてきておりまして、どうしても直接雇用じゃない部分でいうと、時間外の問題、長時間労働の問題もあるし、それから労災の問題も大きくあるということで、ここは外国人だけではなくて日本人の対応も含めて考えていかなきゃならないというふうに思いますが、圧倒的に派遣が多いということでは、私たちも少しそこは認識させていただかなきゃならない。
  それからもう一つ、医療の部分ですね。先ほどおっしゃっていましたように、私も、前回、ちょっと医療通訳の部分を取り上げさせていただきました。もちろん、法廷通訳というのも決してきちっと定められた職域になっていて生活できるような形ではありませんからボランティア的なんですが、この医療通訳の部分でいうと、先ほど先生がおっしゃったように、やはりきちっとしたプロとしての通訳者、これをやはり養成していくのが本来なのかなとは思うわけですが、これはなかなか難しいことで、専門分野に入ってくる言葉が多いかと思うんですが、それはどういうふうに考えていらっしゃるか先生にお伺いしたいのと、この部分で新宿辺りは何か対応していらっしゃるのかどうかをお伺いできればなと思います。
  よろしくお願いいたします。

○参考人(池上重弘君/静岡文化芸術大学文化政策学部准教授・参考人) 幾つもの質問に瞬時に考えるのは難しいんですけれども、まず後の方の質問からお答えしたいと思います。医療通訳についてです。
  私自身は医療通訳の経験はありませんが、先ほど毛利さんがちょっと言及されていた浜松での年に一回の無料検診会、そのときにインドネシア語の通訳でボランティア参加をしております。私、先ほどもちょっと申し上げたように元来の専門がインドネシアなものですから、数こそ少ないけれども、インドネシア語で受診したいという方のお手伝いをさせていただいております。そのときに痛感するのは、私程度のインドネシア語では全然医療通訳は務まらないということなんですね。翻訳もしたことがあります。インドネシア語の本を翻訳したりもしていますけれども、そういう分野の言葉、社会、文化領域と医療の言葉はほんの小さなこと、例えば炎症という言葉一つ取っても、何だったっけというような感じなんですね。
  ですから、これは通訳のプロを養成するというのは、やはり公的な機関との連携が必要だろうと考えます。それは医療専門学校のようなところがいいのか、あるいは大きな病院の中に、公立のという意味ですけれども、養成部門のようなものをつくっていくのか、ちょっと具体的なイメージを私持っていませんけれども、体系的な組織的な養成が必要だろうという認識を持っているということだけお伝えしておきます。
  それから、学校のことです。これについては、恐らく毛利さんと私で考えることは違うのかもしれませんが、私なりに考えているところを信念を持って答えさせていただきます。
  私自身は、今日本にいる日系人の多くが結果的に定住していくだろうという判断をしております。アンケート調査をすると、帰るつもりだというのがいっぱいあるんですね。ですけれども、フランスの移民たちは、多く七〇年代に来て残ったわけです。フランスについて書かれたある新書の本の中に面白い一節がありました。その人自身、移民の二世なんですけれども、私たちはスーツケースに手を置いて育ったと書いてあるんですね。つまり、居間にはスーツケースがあって、いつか帰るよ、じき帰るよ、スーツケースがシンボルのように、手を置いているんだけれども、結局そのまま大きくなってフランスで生きていく。恐らく、日本の日系人が置かれた状況もその形になっていくだろうと思っています。
  なので、子供たちに関して私は基本的に日本の学校の受入れ体制をしっかりと整えて、根幹的な見直しをして受け入れて、その上で日本の社会で生きていく力を身に付けてほしいと思っています、学校教育の中においては。その大前提として、先ほどちょっと申し上げた初期指導のような形が、新宿で行われているような、そういう形がもっと全国的に導入される必要があると考えています。
  その上で、母語との話が出てまいりました。先ほど私、オーストラリアのインドネシア系住民の研究をしているというふうに申し上げたんですけれども、オーストラリアの場合、たくさんの移民たちがいます。その移民の言語を学校の中でも外国語として学ぶことが随分可能なんですが、それとは別に、コミュニティー言語学校という仕組みがございます。
  それは、移民の当事者が行政の定めた条件をクリアするようなカリキュラムやプログラムを組んで、先生を集めて、公共の学校の空き教室を使って休みの日に教えるというものなんです。それによって補助金が出ます。インドネシアの例でいうと、インドネシア語をインドネシア系移民の二世の子供たちにインドネシア人が教える。それを公立の学校の日曜日の校舎を使って教えるということなんです。それで、子供の数に応じた補助金、あるいは先生方の研修の費用などが出てまいります。
  それだけで十分とは思いませんけれども、日本にいるんだから日本語だけを勉強しなさいと言うつもりはないけれども、私は、学校教育の中では日本語でしっかりと生きていける力を身に付けていただく方がいいのではないか、子供たちのためにもいいのではないかなと思っているし、母語に関しては、学校の枠組みの外でもしっかりした条件をクリアしたところには行政が支援する形で、移民当事者による移民当事者の言語の教育があっていいのではないか、それを完全に任せるのではなくて、条件をクリアすれば公金による支援も行うという形がいいと思っています。
  もう一つだけいいですか。
  外国人学校において言葉をどうするかという問題なんですけれども、私はここの点は毛利さんと意見が一致します。外国人学校においても日本語で生きていく力を是非身に付けてほしいと思っています。
  外国人学校を出た子供たちの多くが帰りません。帰らないです、現実には。あるいは、帰っても戻ってきます。そこを考えると、日本で生きる力を身に付けてもらうべく日本語を体系的に行っている、教育を行っている学校に対しては何らかのサポートをしていくという、そういう線引きが必要なんじゃないかなという気がしています。そうでないと、子供はどんどん育っていきます、劣悪な教育環境の中に置いておくことで、結局子供の貴重な学ぶ機会が失われてしまう。そろそろ私たち日本の社会にいる側が外国人学校の子供たちにも目を向けていく必要があるだろうなと考えています。

○参考人(毛利よし子君/特定非営利活動法人在日ブラジル人を支援する会代表・参考人)(通訳) 教育の問題に戻りたいと思います。
    〔理事岡崎トミ子君退席、会長着席〕
  日本の政府は、ブラジルの子供が学校に適応するためにとても投資してくれています。しかし、具体的な成果が上がっていません。なぜならば、問題は非常に複雑で、まず両親に安定感がないということ、それから未来について確たる展望がないこと、両親の仕事の関係で子供が左右されてしまうと、こういった問題があるからです。それから、当の先生たちが余り関心を示していません。というのは、その子供たちがブラジルにいずれ帰るだろうと思っているからです。
  群馬県太田市では教育に相当な支援をしています。ブラジル人の子供で日本で生まれた子供たち、若しくは三歳、四歳で日本に来たけれども日本語を覚えていない、しかし、そういった子供たちがブラジルの高校へ行って何をしているかというと、学校で折り紙をしているんです。そこで、太田市ではこういったことを真剣にとらえて、教育委員会で、日本の先生でブラジルにいたのでポルトガル語がしゃべれる方が、サンパウロの市役所とコンタクトを取り、バイリンガルの先生を日本に連れてきました。
  しかし、日本語を覚えない子供たちの一番の問題は、これは感情的なものなのです。言語というのは、言語だけではありません、ボキャブラリーだけではないんです。何を意味するか、つまり子供自身の中で何を意味するかということが大事なわけです。なので、子供たちの多くは日本語もポルトガル語もちゃんとしゃべれないという状況になってしまいます。つまり、彼らの頭の中で何を考えているかということをきっちりと言葉に出すことができなかったらどうなるでしょうか。
  ブラジルの子供たちは、その多くがブラジル人であることを恥じています。両親のことを恥じています。両親に学校へ来てほしくないと思っています。両親は学校へ行くことができません。というのは、なぜかというと、仕事があるからです。仕事をしなければお金がもらえません。日給ですからお金がもらえません。そして、学校でもし保護者会に出れば首になってしまいます。なので、こういった問題は非常に深いものであると。子供だけではなく、労働者だけでもなく、コミュニティーだけでもなく、全部を一緒にして問題としてとらえなければいけないと思います。
  先生がおっしゃったように私も思いますけれども、恐らくはあのたくさんの人たちのうちの少ししかブラジルに帰る人はいないと思っています。ですから、ブラジルの学校でも、子供たちは日本語の学校に適応せずにブラジルの学校へ来ますけれども、日本語をちゃんと覚えていない。しかし、こういった子供たちが日本の学校で放課後にもし日本語の、日本の文化の授業があったらどうだろうかと考えます。そして、そのときに、例えばブラジルの学校に行っている子供たちも参加できたらどうだろうか。そうすれば、子供が一つの言葉をよく学ぶことができる。
  なぜかというと、私が思うに、子供の問題の大きな部分は漢字にあるというふうに彼らは言いますけれども、実は彼らの言語能力では具体的なものから抽象的なものまでカバーすることができないからです。こういった言語の文化的な背景というものが一人一人の中で別の意味を持っているからです。日本人にとって共通であるその内容を、ブラジル人の子供も分からなければいけないということです。
  翻訳、通訳については横浜にはグループがあって、ミックというグループが、MICというグループがありまして、それは横浜市が運営しているんですけれども、このグループは私も創立当時参加しましたけれども、ここには医者もいるし、通訳者もいますし、講習も行っています。認可されたクラスを持っていて、神奈川県がやっているんですけれども、神奈川県が全部の支払をしています、通訳者の養成をしています。それは、ただ単に言葉を翻訳するだけじゃなくて、倫理の問題もあります、秘密保守という問題もありますし、そういう意味での通訳者の訓練を、養成を行っています。

○相原久美子君 ありがとうございます。